2014年

1月

29日

No.2「ミャンマーで出会った子どもたち」

毎週土曜日ユアマ教会に30人位の子どもたちが集まっている。青年の指導で大きな声で歌い、踊り、教会が用意した昼食を一緒にいただいている所を訪れました。

 

そこで見た印象は、子どもたちのはち切れるような笑顔とほっぺに塗った薄黄色の粉(タナカと呼ばれる天然の日焼け防止剤)でした(コラムをご覧あれ)。実は、彼らはスラムに住んでいて学校に行ってない(行くことができない)子どもたちなのです。

 

私が特技のけん玉を見せ、やってみたい人と言うと男の子が前に出て来て挑戦してくれました。はじめはうまく行かず何度も試みていたのですが、成功すると笑顔になり、見ていた子どもたちも大きな拍手で一緒に喜んでいた様子が今も忘れられません。

 

車で村の道を走っていた時、大きな白い袋を背負った2人の子どもを見つけました(写真)。

彼らは何をしていたのか?ゴミを拾い集め収集場に持って行き、買い取ってもらい家計を助けていたのです。ゴミ収集場に集まっている子どもたちと彼らに仕事を与えている人に会いに行きました。深さ1m以上の袋にペットボトルや空き缶を詰め、トラックに積んでいるところでした。彼らの顔には険しいところが全くなく、人なつこく、お互い仲良くしているのが印象的でした。

 

スラムの村の中にも行くことができました。低地に高床式のバラックの家が密集して建ち、足元には汚れた水が溜まっていました。衛生環境と病気のことが真っ先に心配になりました。ミャンマーの友人と知り合いの家まで行くと教会に来ていた少女と母親、老婆が家の中にいました。母親は足の病気で立てず痛みもある様子でした。医者に看てもらうお金がないので何もしないでいるという話に胸が詰まりました。少女と老婆の手を握り、必ずまた来ると約束して別れましたが、ずっと手を振って見送っていました。

 

学校に行ってない子どもたちは10歳を過ぎても母国語を読み書きできません。ユアマ教会では2年前から彼らに識字(読み書き)教室を開いています。言うまでもなく識字は生きるための基本能力です。彼ら自身勉強したいという意欲を強く持っているのです。12月のTV番組がそれを伝えていました。ローソクの灯の下で勉強していた中学生の家と学校に、太陽電池で蓄電するLED電灯が日本の電気メーカーから贈られ、夜の教室で一生懸命勉強している様子が紹介されていたのです。

 

ミャンマー人はヤンゴンに近い所でも多くの人が貧しい生活を送っているのが現実だ。国の民主化が本格化すれば変わると思われるが、希望は子どもたちだ。貧しさに押しつぶされていない彼らの顔と行動を見ていると、内なる生命力が伝わってくる。その核を損なうことなく彼らに声をかけ手をつなぐ方法をさぐりに行く時が今ではないのか。

 

吉野輝雄