2014年

2月

07日

No.4 「ミャンマーの僧」

一般の日本人にビルマ(ミャンマー)についてのイメージは?と質問すると、「ビルマの竪琴」(竹山道雄作の小説、市川崑監督の映画)を思い浮かべる人が多いようだ。私も中学生時代に小説を読み今も鮮明に覚えている。年配者は安井昌二主演の映画を、最近の人は肩にインコに乗せ黄色の僧衣を着た中井貴一を思い出すに違いない。反戦平和映画として国内外で高い評価を受け、教科書にも取りあげられている。このようにして日本人のミャンマー仏教と僧侶についてのイメージを作られて行ったに違いない。

 

ところが、作者の竹山道雄は一度もビルマに行ったことがない。それは本人も認めている。映画は現地語に翻訳されず上映されることがなかったためミャンマー人の反応・感想を知る機会がなかったので山中速人氏が実施した。すると複雑な表情をしながら感想を述べられたという体験記を残している(1)。僧の挙動部分だけを取り上げると、僧衣の色は赤茶で黄色はタイの僧が着る、僧が楽器を持ち歩くことはなく小鳥を飼うこともない等、真実との違いをあげられたという。国民の9割近くが仏教徒で、国民皆僧制度により子どもの時と成人してから僧院に入って修行することが義務となっているミャンマー人(2)にとっては、仏教のしきたりが正しく扱われていない事に違和感をもったのだと思われる。

 

この落差は、今後多くの日本人がミャンマーを訪れ人間的交流を深める過程で必然的に気づかされることになるだろう。未知の文化を理解する体験ではなく、すでに理解し共感できると思っていたことに落差があることに気づかされ、互いに顔を見合わせるという場面が想像される。
これからミャンマーに行こうとする者はどうすれば良いのか?山中氏はミャンマー人の反応と評価を確かめる機会を作ることだと言っている。私は、日本人である作者・映画監督が「ビルマの竪琴」で伝えようとしている人間の生き方と平和へのメッセージをまずしっかりと受け止め、その上でミャンマー人が違和感を感じる点を素直に聞き取り、誤解が広がることを恐れず人間同士の対話の努力が大切だと思っている。落差があるならば、そこから逃げず理解を深める機会に変えようとする「気づいて築く」生き方だ。

 

吉野輝雄

 

<参考>
(1) ミャンマーの人々は「ビルマの竪琴」をどう観たか
    http://hogetest.exblog.jp/4011267/
    http://hogetest.exblog.jp/4011262/
(2) ミャンマー物語 「上座部仏教」「国民皆僧制度」
   http://www.ne.jp/asahi/y-sakai/fukui/sub80.html